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  • 投資スタンスとは立体的なもの

    投資スタンスについてタラタラ書いてきていますが、そろそろ怒られそうなので少しだけフォローを入れておきたいと思います。
    「これが答えだ」というのを期待している人には、ごめんなさいです。

    既に確固たる投資スタンスを持っている方にとっては、「ゴチャゴチャ何をいっているんだ。」と言われそうです。
    自分の投資スタンスを否定されたと感じる方もおられるかもしれませんが、そういう意図は基本的にありません。

    「自分の投資スタンスがいまいちわからない」という人にとっては、「俺もそういうことがはっきりしないんだよな」と感じる方もいるのではないでしょうか。
    投資スタンスを考える上で、ぶつかりそうなところをグジャグジャにして書こうと思っているのでこんな風になっちゃいます。

    理論的に考えるのが好きな人にとっては、あいまいな世界にうつるようにも思います。

    しかしよく考えてみると、投資スタンスって「A⇒B⇒C⇒俺の投資スタンス」みたいに単純なモノではないですよね。
    投資スタンスを考えると言うのは、いろんな角度から見たり、いろんな要素の整合を考えたりと、「相性のよい考え方」を組み合わせていく作業なんだと思います。
    いろんな角度から見たり、いろんな要素の整合を考えたりしていくなかで、立体画像の様なものを映し出していく作業ではないかと思うんです。

    理論的に考えるのが好きな人は、極めて的を絞った立体画像になります。
    小さな点を目指すような感じで非常に密度の濃いものになることでしょう。
    逆に言えば、目指す所を信じるしかないくらい、確固たるものでないと落ち着かないということです。
    よく「インデックス信者」と比喩されることがありますけど、それだけ的が絞れているということであり、他に浮気はできないということからその道を信じるしかないという風にも言えます。


    一方で、そうしたことが窮屈であると感じる人は、ある程度幅を持たせるような考え方をします。
    決め切れない分、コンパクトな立体画像にはならず、密度も低いですけど、変化にも対応できるという安心感もあります。
    これは逆に言えば、フラフラし過ぎて壊れてしまう可能性も秘めています。


    投資スタンスを考えるというのは、様々な観点から自分の考えを組み合わせていく中で、いちばん自分が落ち着く立体画像に向かっていくことなのではないかと思います。

    物事には、メリットとデメリットが存在します。
    完璧な答えなどはありません。
    だからこそ合理性が重視されるのでしょう。

    経済的合理性など、合理的に考えることがもてはやされる時代ではありますけど、それだけではなく、本質的には「自分が一番落ち着くスタンス」を探そうとしているのではないかと思うんです。

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    心のリスク許容度のホントのところ

     
    リスク許容度を考える上での注意点」では、心のリスク許容度にも少し触れました。


    「心のリスク許容度」というのは私が勝手にそう呼んでいるだけで、計算上(机上)では耐えると思っても実際嵐の渦の中に入っていくと、いつまで続くか分からない状況の中で、平静でいられない状況になることがあるということです。

    「平静でいられないこと」は情けないとしか言いようがありませんが、その人の感じ方の問題なのでどうしようもありません。
    為替が気になって仕方ないという状況は、机上で計算できません。

    為替がどうなろうと、株価がどうなろうと、投資をしたことにより生活に影響を与えるというのは、あまりいいこととはいえません。
    「平静でいられないこと」というのは、別に心が病むとかそういうことではなく、そこまで行ってしまうのであればあまりに見込みが甘すぎです。


    私の場合は、資産全体の含み損より、FXが原因だったりします。
    それなりに安全に証拠金を積んでいても、一瞬でも大暴落してロスカットされないかみたいな恐怖感がありました。
    はやくFXから他の資産に移したいものです。


    心のリスク許容度では、自分以外の家族の反応も影響してきます。
    含み損が膨らんでくると家族の反応が厳しいものになります。
    投資をやっている側はむしろチャンスという感覚ですが、成果がでるのは数年は先の話で、投資すればするほど含み損が拡大していく状況下では、家族の機嫌も悪くなってしまいます。
    特に我が家のようにオープンな家庭では、妻はもちろん、子どもからも厳しい言葉を浴びせられます。

    娘に「投資をしていなかったらDSのソフト1000本は買えたのに」と言われたらどう感じますか?
    そうした環境が何年かは続くのが、リスク許容度を考える備えるべき状況なんです。

    「投資に理解のない家族というだけじゃん」と片づけられそうですけど、そうした状況にならないと分からないことであり、他人ごとと笑えない状況が来るかもしれません。


    いずれにせよ、リスクを取って投資をするということはそういうことです。
    だからこそ、「心のリスク許容度」というのも視点の一つとして見ていくのはありだと思います。

    そうした大嵐は、逆に投資のチャンスです。
    だからこそ、できるだけ心穏やかにいられるようなリスクのとり方を考えていく必要があるんだと思います。
     
     
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    リスク許容度を考える上での注意点

     
    投資効率」という言葉の魔力」では、リスク許容度を考える上で、投資効率と言う言葉の魔力にはまらないように冷静にというようなことを書きました。

    アセットアロケーションを考える時に、一番最初に考えるべきなのが「リスク許容度から考えていく」ということであり、これは様々な経験を積んだ個人投資家の集大成とも言えるのではと思います。

    リスク許容度とは、「どこまで投資で失敗しても生活設計が成り立っていくのか」という観点で見ていくというのが一般的です。

    私は、これまでの投資を通じて心が弱い人間であることに気がついたので、「どこまで投資で失敗しても生活設計が成り立っていくのかという観点」だけではなく、「心のリスク許容度」も考えるようにしています。
    これは実体験があるから考えられる事であり、そうした経験がなければ机上で考えるしかないありません。
    また、「心のリスク許容度」については、一般的に考慮されている項目ではありません。(多分、余計な視点なのだと思います。)


    リスク許容度を考える時に、過去のデータの変動率から標準偏差(データの平均値からのばらつき具合)を計算してそれを参考にしていくのが一般的です。
    これはあくまで統計学的な予想なので、実際将来どのくらいの変動があるのかはわかりません。

    標準偏差は統計学上の話なので、標準偏差を算出するためには、私は投資による変動は正規分布で近似させるという手法を使っています。
    リーマンショック時には正規分布ではなく、ベキ分布だったという意見も出てきたことを思えば、所詮モデルにすぎないとも言えます。
    しかし、リスクをある程度定量化する試みがなければ、自分基準を持ちようがありませんから、標準偏差でいくつ分の変動を覚悟するかという視点に加えて、さらにベキ分布的な訳のかわらない状況になる事もあることをどこまで加味するかというのが、リスク許容度を考える上での実践的なアプローチではないでしょうか。


    【正規分布と標準偏差】
    ■平均値±標準偏差1つ分に収まる確率(±1σ) 68.26%
    ■平均値±標準偏差2つ分に収まる確率(±2σ) 95.44%
    ■平均値±標準偏差3つ分に収まる確率(±3σ) 99.74%
    ※正規分布確率表で、z=1.00の時の確率は0.3413


    投資本では、1年間の変動を平均値±2σを見込んでおくということを基準にしているものが多いです。
    平均値±2σを超えて変動する確率は、マイナス方向で2.28%位の低い確率だからという理屈です。

    損失の最大値がこれで収まるかどうかは私にはわかりません。
    アセットアロケーションを考える上で、リスク許容度が重要だと書いてある本もこの程度の記述なのがほとんどです。


    リーマンショック時の経験から言えば、私の場合平均値±3σくらいの変動があったと記憶しています。
    瞬間的にはもっとだったはずです。
    私が「心のリスク許容度」も考えるようにしているのはこの経験があるからです。
    あのときの心の動きは、これからの私の基準になります。
    そういう経験があるので、投資というものが異常事態時に正規分布なのか、ベキ分布なのかはどうでもいいことだと考えています。
    どれだけ心にダメージを喰らうのかが基準であり、これはある程度投資金額が増えてくると、心への響き方が変わってくるという部分も見逃せません。

    平均値±2σを見込んでおけばいいのか、平均値±3σまで見込んでおくかはその人の考え方と環境次第です。
    安全側を見れば、その分投資に回せる割合(もしくは額)も減ります。
    これを安易に考えれば、家族の生活を脅かす可能性もあります。
    とはいうものの、あまりシビアに考えすぎると、投資なんてできなくなります。


    いずれにせよ、瞬間最大風速はまた違うものであるということです。
    ここで使われる標準偏差の考え方と言うのは、1年間での変動なので2年連続で下落方向に行くこともあるかもしれませんし、一時的には凄い嵐であることが反映されてないかもしれません(←統計学の事はよく分からないので)。
    私の感覚では、最低でも平均値±3σまで見込んでおく方がいいかなと思っています。
    いくら見込むべきはは、いろんな要素が影響すると思うのでこれも正解などないと思います。


    私の場合ですが、市場がどれだけあれようとも「平均への回帰」を期待していることが基本になっていきます。
    景気が良くなったり悪くなったりすることで株価が波動を形成するように、平均への回帰というのを考え方の基軸にしています。
    つまり、いつか最大級の台風が少なくとも数年にわたり来る事も、それがいつか去り平均へ回帰していくことが前提であるということです。

    一時的に、最大級の台風がしのげるかどうかです。
    そういう状況になろうと、心が折れず、家族からそっぽを向かれることもなく、心平穏に暮らせるかどうかです。
    そういう状況は、将来へ向かって最大の投資効果を上げるチャンスでもあります。

    「世界経済が将来的に成長していくこと」よりも、「平均への回帰」の方が確かなのかなと私は考えています。
    だとすると、そうした波動をどのように考えるかというのも、投資スタンスを考えていくうえではとても大きな要素であると言えそうです。
     
     
      
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    投資効率を語る上で前提とされがちなこと

     
    「投資効率」という言葉の魔力」では、「投資効率という言葉は、人をリスクを取る方向に突き動かす魔力を秘めています。」という風にあえて書かせていただきました。

    長期投資を志す者の多くは、いくら投資に回せるかが最大の関心事になります。
    特に積立投資家にとっては、これはとても大きな話です。

    一方で、バイ&ホールド戦略を取る人の中には、市場が大きく歪んだ時だけ動くという人もいます。
    この人達は、その歪んだ時にいくら投資に回せるか、逆に言えば特に歪んでない時にいかに投資をしないかに工夫を凝らします。

    長期投資を前提にしても、「投資効率」のニュアンスはそれぞれ違うはずです。
    私の感覚では前者の方が多いので、こういう風に書くと誤解されがちになりますが、私はどちらも否定していません。
    我が家が前者を選びにくい環境にあるので、後者の方が馴染んでいると自分で判断しています。




    <投資効率を語る上での前提>


    梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記)で「長期投資でリスクは縮小するか」論争はもうやめよう がUPされています。
    この投資効率を語る上で前提が含まれている気がしたので、渡に船ということで引用させて頂きます。(水瀬さんすみません…。)

    「長期投資でリスクは縮小するか」論争の、驚くべき結論は、こうです。
    「長期投資でリスクは縮小する」も正しいし、「長期投資でリスクは拡大する」も正しい。

    この「リスク」という言葉がくせ者です。
    上の図(マルキール氏の主張)ではリスクの定義が「収益率(年率)の変化する範囲」です。
    下の図(山崎元氏の主張)ではリスクの定義が「運用資産額の変化する範囲」です。
    どちらリスクの定義も、その意味で使われることはあり、間違ってはいません。



    このことは、それなりに長期投資のことを勉強している事にとっては驚く事ではないですよね。
    多くの方は、頭の中では概ね分かっていた事だけど、ブログなど書き物にして書くにはそれなりの資料も言葉選びも必要なので難しいということです。
    わたしも同じような事を言葉だけで書いた記憶がありますけど、そのエントリーはブログ移転の際に1年間消しちゃった中にあるみたいです。

    ここでは「長期投資でリスクは縮小するか、拡大するのか」の議論をするために引用したのではありません。

    ■「収益率(年率)の変化する範囲」は、投資期間を長く取る事によって狭くなりますので、長期的には概ね期待リターンに終焉していくとしています。
    ■「運用資産額の変化する範囲」は、年々大きくブレていく可能性があると言う事です。

    我々が注意しないといけないのは、どちらかいえば後者です。
    「どうせプラスの範囲でのブレ幅なのでいいじゃん」と考える人もいると思いますし、私はそれが誤りであるとは言えませんけど、どんなことでも前提条件をしっかり見ておかないといけないわけです。
    (年1%くらいは成果がないと、定期預金に負ける可能性がありますので、プラスだからいいというわけでもないですよね。)


    この2つの事柄は、インデックスで積立投資をする上で大元になっていることでしょう。

    個別株を買えば前者のようにならないかもしれないが、インデックスだとその分散効果でかなりの確率で前者のようになるはずだという前提で、これはなんとなくそうなのかなとおもいます。
    私が個別株はやらないようにしたのは、そんな感覚です。

    タイミングを積み立てにして極端な失敗がないようにすれば、前者のようになるはずだし、後者でも「前者の最終的に終焉した利回り×運用期間」という成果が得られるだろうなと考えていると思います。

    実際もそういう風になるのであれば、リスク許容度が許される限り、投資に回すお金は多ければ多いほど投資効率が良いという考え方が成立します。




    <長期的に運用資産額の変化する範囲は曲者>


    ※グラフは、水瀬さんのエントリー「長期投資でリスクは縮小するか」論争はもうやめよう を参照してください。

    「期待リターン」と「リスク(ブレ幅)」の両者を決めて、これらのグラフがつくられていると思います。
    上手くは説明できませんけど、後者はなかなか曲者なんですね。

    リスク(ブレ幅)は割と過去のデータから推測しやすい半面、金融市場に流れるお金の量が過去以上に増えれば、ブレ幅が大きくはずですので、そうなると長期的には後者はもっと幅が大きくなるかもしれません。

    そして期待リターンの将来予測はそう簡単ではないと私は思います。
    実践的には、過去のデータから推測していくしかありませんけど、それを本気で信じていいのかは私にはわかりません。
    ※期待リターンを過去のデータだけから導く(ヒストリカル法)のは理論的にも明確な誤りであることとみんながそう考えているという誤解を招きかねないとのご指摘を受けましたので訂正します。

    期待リターンはその名の通り、みんなの期待値によって変わるはずで、実際どうなるかなんてだれにも分からないわけですよね。
    もし分かっているならば、一番期待リターンの高い所に全力で投入しますよ。
    全力どころか、借金してでも。


    マルキール氏や山崎元氏、内藤忍氏などの著書の中でこうしたグラフを見て勉強したとしても、「本当にそのとおりになるのかな?」と疑問に思う人もいると思います。
    でもそれだけブレぶれようと最悪でもプラスなんだからいいじゃんって考えている人も多いかもしれません。

    これらのグラフだって、「期待リターン」と「リスク(ブレ幅)」の設定を変えてみたら、いろいろ変化するんだと思います。
    「期待リターン」がプラスであるという前提であるということです。
    「期待リターン」がマイナスになることは私もあまり考えていません。

    しかし、いくら積立投資で時期分散をしても、自分が設定していた期待リターンよりも成果が少ない事もあるということです。
    5年後10年後に、過去のデータから計算した期待リターンそのものが下がってくる可能性もあります。
    そうすると人生設計が狂ってくる人もでてくるかもしれません。
    そういう意味で、後者のグラフは前提条件をしっかり頭に入れて見ておかないと、そうしたグラフだけ見ているだけでは怖いなと思うんです。
    それが曲者だという理由です。誤りだというつもりは毛頭ありません。




    「投資効率を語る上で前提とされてがちなこと」なんてたいそうなタイトルにしたものの、大した事がかけなかったわけです。
    もっともっと書くのもいいのですが収拾がつかなくなります。

    みんながやっている事でも、いろんな疑問をもつことは凄く大切だと思うんです。
    それをし過ぎると疑心暗鬼の塊となり、結局何をよりどころにして投資をするのかがみえなくなります。
    かといって、自分のやっている投資に疑問点を持たないのも恐ろしい気がします。

    「投資効率」という言葉一つとってもいくつかの解釈があるので、自分に合ったものを探してみるのがいいんでしょうね。
    それに、「効率が良い=最上」でもないこともあるのかもしれないなと思います。
    いろんな角度から見て、自分の投資はこんなもんかなと思える形が見えた時に、仮に「あんた効率悪すぎ」と突っ込まれたとしても気にする事はないんだと思います。
    違った視点で見ているからこそ、見えている部分もあるかもしれませんし、そもそもそれぞれ環境が違う訳ですから。
     
     
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    「投資効率」という言葉の魔力

      
    他人のアセットアロケーションを見ても見えにくいこと」で、他人のアセットアロケーションを見る上で注意すべき事をピックアップしてみました。

    アセットアロケーションを考える上で最も大切な事は、「リスク許容度から考える」と言う事です。
    「リスク許容度を考える」ことは極めて大切ですが、あえてリスク許容度「から」考えるというのは、多くの個人投資家が過去の投資経験から導き出した1つの大切な答えのように思います。

    「リーマンショック」やそれとははるかに小さいインパクトだった「ギリシャショック」(まだ終わったかどうかわかりませんが)そして、リーマンショック以前のイケイケ時代を経験した個人投資家ならば、リスク許容度の重要性が身にしみているはずです。
    「リスク許容度から考える」という考え方が主流なのはそういう背景があるからだと思います。


    別の角度から見ると、「リスク許容度を考える」ことというのは、「投資できる最大量を考える」ことと同義で考える人が多いと言う事です。
    「リスク許容度を考える」というのは、一方で「投資効率を考える」ことに繋がっていきます。

    リスク許容度を考える中で、「生活防衛資金を確保した上で投資すべし」と考える人が多いです。

    生活防衛資金って何という人は、私の考え方を書いたエントリーを見てみて下さい。

    (関連するブログ)生活防衛資金とアセットアロケーション


    生活防衛資金すら確保できないのに投資を始めると、生活自体を脅かす可能性があるわけですからお勧めはできません。
    この生活防衛資金をどの位確保すべきかはいろんな考え方が存在します。

    このいろんな考え方が存在することこそ、実は、投資効率という言葉の影響をすごく受けているということの証です。

    リスク許容度を算出する際、必ず自分のケースで自分の考えで考える必要がありますが、そこで出た結果により、リスクを取るべきではない資産量が決まってきます。
    これは同時に、リスクをとっても良いと考える資産量が決まる事にもなります。


    「リスクをとっても良いと考える資産量」は、最大値であって別にその最大値を投資する必要はありません。
    しかし、個人投資家の中では、最大値を投資に回す方がかなりの割合でおられます。

    「投資リターン=投資量×運用利回り」である以上、コントロールできない運用利回りよりも、投資量を最大化していくことが投資利益の増加を実現しやすいと言えそうです。
    特にリスクを押えた投資をする場合、含み損を抱える金額も少なめになる分かりに、運用利回りも少なめになります。
    そうなると、そうした考え方の相性的にも投資量の最大化を意識するのは自然な事です。

    「投資効率」という言葉を考えると、投資量の最大化という一つの大きな流れがそこにあります。
    リスクを取るべきではない部分を除いて、全て投資をするという考え方に誤りは見つかりません。

    ただ必然性の観点から言えば、全て投資する必要もないわけです。
    ではどの位がいいのか妙案があるのかと言われれば明確な答えはないわけで感覚的な話にしかなりません。
    それは明確な答えが欲しい性格の方にとっては、大変居心地が悪いものだと思います。


    「投資効率」という言葉に秘められた魔力を私は時々感じることがあります。
    「あなたはもっと投資できるはず」と言われることもしばしばです。
    それに対して理屈で反論することはできません。
    どうしても一言で言わないといけないのであれば、「適当にやってます」と言うしかないのが現状です。
    ツイッターくらい文字数が許されるのならば、「いろんな角度から考えて自分が居心地がよさそうな範囲でやっています。だから理屈では説明できないけどやりたいことも反映しています。」
    そんな感じでも別にかまわないという性格の人もいます。


    「投資効率」を突き詰めていくと、生活防衛資金は数ヶ月で構わないとか、万が一の時は生活防衛資金は投資を崩せばいいという形も生じます。
    それが良いのか悪いのか私にはわかりません。
    それはその人が将来いざというときを経験する事があった時に(逆に最後までなかった段階で)評価できるものです。

    「投資効率」という言葉は、人をリスクを取る方向に突き動かす魔力を秘めています。
    リスク許容度を考える中で、リスクを取りたいという方向に過度に傾いていないかチェックしていくしかないです。
    人は自分の考え方にあった理屈を選んで武装しがちなのですから。

     
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